流行を追っていたはずなのに、
今になって思い出すと、
その服だけではなく、
その頃の自分まで一緒に出てくる。
少し大きめのジャケット。
色落ちしたジーンズ。
やけに重たいブーツ。
意味もなく羽織っていたシャツ。
今見れば、少し古く感じるものばかりかもしれない。
でも、あの頃はそれがかっこいいと思っていた。
服は不思議なもので、
ただ体を包むだけではない。
その時代の空気や、
その人の背伸びや、
少し照れくさい気持ちまで、
静かに残している。
昔の写真を見ると、
「なんでこんな服を着ていたんだろう」
と思うことがある。
けれど、同時に、
「でも、あの頃の自分には似合っていたのかもしれない」
とも思う。
流行はいつも変わっていく。
細身が流行ったり、
ゆったりした服が戻ってきたり、
派手な色が来たり、
落ち着いた色が好まれたりする。
けれど、男の服の中には、
時代が変わっても消えないものがある。
白いシャツの清潔感。
黒いジャケットの安心感。
古いデニムの味。
履き慣れた靴の形。
そういうものは、
流行というより、
その人の時間に近い。
新しい服を買ったときの高揚感もいい。
でも、昔から持っている服を久しぶりに手に取ったときの、
少し胸が静かになる感じも悪くない。
もう着ないかもしれない。
今の自分には少し若すぎるかもしれない。
それでも捨てられない服がある。
それは、服そのものが高いからではなく、
その服を着ていた時間が、
どこかに残っているからだと思う。
男の服は、
派手に語られることは少ない。
けれど、古い服には、
言葉にしにくい記憶が詰まっている。
若かった自分。
少し無理をしていた自分。
かっこよく見られたかった自分。
何者かになりたかった自分。
そんなものが、
襟や袖やポケットの中に、
まだ少しだけ残っている。
懐かしい男の服の話は、
ただのファッションの話ではない。
それは、昔の自分を少しだけ思い出す話でもある。
今の服を着て、今を生きながら、
たまには昔の服を思い出す。
そして、少しだけ笑う。
あの頃の自分も、
それなりに一生懸命だったのだと思う。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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